コダーイはリスト音楽院を卒業したあとに、ハンガリー民謡についての博士論文を書き上げます。その頃、最初に蓄音機を使って民謡のフィールドワークを始めていたヴィカール・ベーラに触発されて、自らも村々を歩き始めます。その後同じように民謡に興味をもっていたバルトークと意気投合し、ふたりは互いにフィールドワークを進めていきます。こうした彼らの行動には、数世紀に渡り他国に抑圧されてきたハンガリー特有の歴史が関係していると考えられます。

今から1000年前、ハンガリーは広大な王国を持っていました。しかし、トルコやハプスブルグ家、ロシアなど、常に誰かに支配もしくは抑圧された状態を強いられ、領土もちりぢりに分割されてしまいます。様々な国の文化が入り混じることにより「ハンガリー独自の文化」は薄れていきました。

コダーイとバルトークには、民俗音楽への強い興味と同時に、「文化を取り戻し継承しなくては」という熱い思いがあったのではないかと思います。

以下の写真は、バルトークがフィールドワークをしていた時のスナップです。(左から4番目の男性がバルトーク)いかにも重そうな蓄音機に驚きますし、固い表情の農民たちを機械の前に立たせることでさえ大変だったろうと想像します。

<Wikimedia Commons/File:Bartok recording folk music.jpg>

自らの足で集められた民俗音楽は、ハンガリーの音楽教育を大改革する素となり、またそれぞれの素晴らしい作品に昇華されていきます。

 

◎ソルフェージュ教室・ラソラ◎

千葉県柏市で音大受験準備レッスンをしています。